紀年銘鏡

・紀年銘鏡は日本で青龍3年(235年)から赤烏(せきう)7年(244年)までの期間のものが出土しており、ほとんどは魏の年号である。しかし、呉の年号の「赤烏」もある。
・三角縁神獣鏡は景初3年( 239年)と正始元年( 240年)の2種類であり、卑弥呼が魏に使いを出した年と魏から返礼を受けた年と一致することから卑弥呼の鏡だとする説がある。しかし、紀年銘鏡が見つかっている235~244年の枠の中に入る年で、たまたま景初3年と正始元年になったのにすぎないとも考えられる。
・「赤烏」年号の平縁神獣鏡は舶来鏡と考えられるが、その他の紀年銘鏡である古墳時代の方格規矩鏡とか、画文帯神獣鏡とか、盤龍鏡とか、龍虎鏡などは国産鏡と考えられる。
・景初四年(盤龍鏡、龍虎鏡)のように、存在しない年号の鏡もある。まさに国産鏡であると思われる。

年号西暦紀年銘鏡の種類古墳魏志倭人伝
青龍三年235方格規矩四神鏡
(京都府峰山)
大田南五号墳
方格規矩四神鏡
(大阪府高槻市)
安満宮古墳
赤烏元年238平縁神獣鏡鳥居原狐塚古墳
景初二年6月:倭の女王が使者を遣わす
(景初3年と2年の説がある)
景初三年239
三角縁神獣鏡神原神社古墳
画文帯神獣鏡和泉黄金塚古墳
景初四年240盤龍鏡天田広峯遺跡広峯15号墳詔書・印綬・鏡などを持たせ倭国へ行かせた
龍虎鏡持田古墳
正始元年三角縁神獣鏡3面
(踏み返し鏡)
竹島家老屋敷古墳
柴崎蟹沢古墳
森尾古墳
正始四年243三角縁神獣鏡椿井大塚山古墳倭王が使者を遣わす
赤烏七年244平縁神獣鏡安倉高塚古墳

三角縁神獣鏡を卑弥呼の鏡とする説があるがあり、その根拠の一つが紀年銘鏡で、ちょうど邪馬台国時代の魏の年号を使っていることである。しかしたった2種類の鏡で、そう言い切れるだろうか?
三角縁神獣鏡以外の鏡の存在をどう説明するのか?

それより、紀年銘鏡に記載されいる青龍、赤烏、景初、正始の年号の時代は意味がある時代であるとの記録が残り、後の時代に、あえてこの年号を付けた鏡を製作したのではないかと考えることもできる。
しかも、出土古墳は3世紀のものより新しい、4世紀の古墳からの出土である。

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