邪馬台国10種の諸説

邪馬台国九州説と畿内説を分類するポイント
1.神武天皇の存在を認めるか?
2.神武天皇を何時頃とするか?
  ・『日本書紀』の年代(神武はBC660~587年)
  ・3世紀中より前
  ・3世紀末以降
3.神武天皇またはその他の東遷があったとするか?
4.畿内の纒向遺跡など始まった年代を何時頃にするか?
  ・ 『日本書紀』の崇神天皇(BC97年ごろ)の年代
  ・1~2世紀
  ・3世紀末以降
5.九州の勢力を無視または地方政権とするか?

①邪馬台国、大和朝廷独立並行説
・邪馬台国と大和朝廷が、九州と大和とに、独立並行的に存在したとする説は、その独立性を強調しすぎると、ほとんど同じ名前の国が、同時期に、九州にも大和にも存在することになる。
・そこで、本居宣長のように、熊襲のたぐいが、大和朝廷の名をかたったとする(襲国偽僭説)か、卑弥呼の国は邪馬台国ではなく、邪馬壱国であったとすることになる。この立場では、一般に、『日本書紀』の紀年にひかれて、大和朝廷の起源を古くみる傾向かあるようである。

本居宣長、鶴峰戊申、 近藤芳樹、吉田東吾、 那珂通世、星野恒、 菅正友、久米邦武、 白鳥庫吉、喜田貞吉、 渡辺村男、古田武彦

②邪馬台国、大和朝廷同一起源説
・この説では、一世紀か二世紀のころに、北九州の邪馬台国の住民の一部族が畿内にうつり、大和朝廷をたてたと考える。そして、この説では、北九州から畿内への部族の移動を、神武東遷伝承と結びつけることが多い。
・この説によるばあいも、ほぼ同じ時期に、同じ名前の国が九州にも大和にもあったことになる。また、この立場も、大和朝廷の起源を古くみる傾向があり、神武東遷を古く考えるようである。

坂本太郎、橋本増吉、 太田亮、植村清二

③邪馬台国と大和朝廷との不連続説
・神武東遷を信じない考えで、邪馬台国は九州にあった。大和朝廷はのちの時代になってから成立した。邪馬台国時代が存在した時代に畿内に別の勢力があっただろうがそれは分からない。大和朝廷ができたのは3世紀末ごろとするもの。
・この説によるばあいは、邪馬台国と大和朝廷とが、同じ「ヤマト」という名をもっていることが、うまく説明できない。

津田左右吉、藤間生太

④投馬国東遷説、狗奴国東遷説
・大和朝廷は南九州の投馬国または狗奴国が東遷してつくったもの。 それとは別に邪馬台国はあったのだが亡んだとする。
・神武天皇が南九州から近畿へ東遷したことをふまえている。

牧健二、水野祐

⑤騎馬民族征服説
・南朝觧から騎馬民族(夫余民族の一派)がはいり、九州をへて、大和に進出した。これが騎馬民族征服説である。
・邪馬台国は、北九州にあった。邪馬台国の勢力をうけつぐものが、古墳時代前期に畿内にうつり、神権的政権をたてた。そののち、古墳時代前期末(5世紀のころ)、騎馬民族は、大和の神権的政権の地方豪族と合作して、統一国家政権としての大和朝廷をはじめ、応神、仁徳などの大王の時代となった。

江上波夫

⑥邪馬台国東遷説
・『北九州の弥生文化と大和の古墳文化の連続性』 また『大和の弥生式文化を代表する銅鐸と古墳文化の非連続性』などの考えから出発。
・邪馬台国東遷説にも、さまざまなバリエーションがある。 邪馬台国の東遷を、神武東征伝承と結びつけるか否か、北九州の邪馬台国の後継勢力が畿内に直接移ったと考えるか、一度南九州に移ったのち畿内に移ったと考えるか、などによって、説がわかれる。

和辻哲郎、栗山周一、
飯島忠夫、和田清、
市村其三郎(井上光貞)、
榎一雄、金子武雄、
奥野正男、安本美典

⑦邪馬台国、大和朝廷同一説
・邪馬台国のある時期は大和朝廷のある時代であるとする。
・笠井新也などは卑弥呼は崇神天皇の時代の倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)とする説がある。卑弥呼の比定は内藤湖南の倭姫など他の説もある。

松下見林、新井白石、
伴信友、橘良平、
稲葉君山、内藤湖南、
富岡謙蔵、梅原末治、
笠井新也、藤田元春、和歌森太郎

⑧大和朝廷九州発生、邪馬台国大和朝廷同一説
・大和朝廷は九州に発生した。それが古い時代に神武東遷で畿内に移った。移った後の畿内の時代が邪馬台国の時代。その後は代々の天皇の大和朝廷になった。
・『日本書紀』の紀年に従うので、神武東遷の時代が古くなる。
・ 『日本書紀』は卑弥呼は神功皇后としているが、肥後和男、原田大六は倭迹迹日百襲姫としている。

『日本書紀』の編者、
中山平次郎、
肥後和男、
原田大六

⑨邪馬台国、大和朝廷断絶説
・邪馬台国は畿内にあった。邪馬台国とは断絶して大和朝廷が成立した。
・これも、『古事記』『日本書紀』による古い天皇は存在しないとしている。

小林行雄、直木孝次郎、
上田正昭、田辺昭三

⑩九州勢力による邪馬台国打倒説
・邪馬台国は畿内にあった。九州にあった勢力が東遷し、邪馬台国を打倒して大和朝廷をうちたてた。
・邪馬台国は、『古事記』『日本書紀』などの伝える長髄彦(ながすねひこ)などの勢力で、この勢力は神武天皇の東征により打倒されたと考える。

鳥越憲三郎

以上をまとめると下図になる。

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